「変身」

 今回は久しぶりのDSCN7806_20150627202702f72.jpg
ウルトラQネタから。

 今回は「アンバランス」時代の作品、「変身」を取り上げます。
 変身という言葉は仮面ライダーの大ヒット以降は特撮ヒーロー物の代名詞となった感がありますが本来の意味で言うならジキルとハイド、カフカの「変身」等、日常から異常への転換を意味する物が多かったと思われます。
 その意味では同様のテーマを持つ「アンバランス」には向いた題材とタイトルだったとも言えます。

 ここで登場するのはモルフォ蝶の燐分を浴びる事によって巨大化し記憶と人格を喪失した「巨人」
 ここはゴジラで鳴らした円谷プロらしい発想とキャラクターと言えます。

 それでいて決してキワモノに陥ることなく「日常のバランスの崩れた世界に投げ込まれた恋人同士がその愛を保つ事ができるか?」と言う非常にシリアスなテーマに昇華させているのですから凄い話です。

 余談ですが「顔出しの俳優が巨大化してミニチュアで暴れまわる」と言うシチュエーションは後の特撮物でも散見されるパターンです。
 私が覚えている限りでも他には「悪魔くん」の雪女やミイラ怪人の「巨大三重街恒二」とか「小さなスーパーマンガンバロン」の「巨大天本英世」、「スパイダーマン」の「巨大安藤三男」、「バトルフィーバーJ」の「巨大大前均」なんかが思い出されます。
 そういえば最近紳士服のCFで「巨大三浦友和」というのもありましたね(笑)

 ですがこれらの後続キャラは一部を除いて本作のレベルに達していない事が大半です。

 その理由として考えられるのは何と言っても「ミニチュアの気合の入り方」の差でしょう。
 「人間がそのまま巨大化する」という非日常感丸出しの設定を映像化するなら人間の持つ生々しさに見合うだけのミニチュアセット自体にずば抜けたリアリティが要求されるものと思います。


 これがウルトラマンとかだったら俳優も仮面をかぶって演技する事で生々しさにワンクッション置かれた演出が可能となり違和感は最小限に食い止められます。
 ですが上述の例の場合、大半がミニチュアセットの造りが如何にもおざなりで上述の点を考慮した物が殆ど無いのが敗因となっています。
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 この「変身」で再現された山村のミニチュアセットはシリーズを通しても白眉と言えるレベルでこのレベルに達している物はQ全体を通しても殆どありません。
 特に火の見櫓と公民館周辺の作り込みは建物だけではなく周囲の地形や植生にまで配慮が行き届いたものでその中を徘徊する巨人に一層のリアリティを与えています。

 それにしてももうひとつ感心するのがミニチュアセットの中を裸同然の姿(当然はだし)でうろつく野村浩三氏
 特撮で自衛隊や警官まで登場する訳で当然弾着もあるセット、足元にはミニチュアの破片やら木のささくれなどでけがの可能性の非常に高い撮影だったと思われますからそれに果敢に挑んだ野村氏の苦労は想像するに余りあります。
 (野村氏自身は東宝特撮では「大怪獣バラン」の主役を始めどちらかと言うと理知的な役が多かった記憶があるのですが本作では文字通り別人のような野性的な巨人の演技でこれまた「変身」というテーマを体現しています)

 言い換えるならばこの危機迫る演技とミニチュアの出来が混然一体となってウルトラQきっての傑作がものにされた気がしてなりません。

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 余談ですが2,3年前の「特撮博物館」で「来館者にミニチュアセットを歩かせる」展示があり、私も楽しませてもらいましたが、独特のガリバー気分は味わえたもののいざ家族を交えて記念写真を撮る段になるとどうにも気恥ずかしかった記憶があります(笑)
 しかも「ローアングルでどう撮っても巨人に見えない」
 特撮の一場面と言うよりも「東武ワールドスクエアの記念写真と大差ない」ことになりました。
 撮られる側が照れていたり観光気分でふざけていたりするとミニチュアが良くてもそれっぽさが出ない様です。
 
 今回の教訓「巨人は気合いだ!ミニチュアも気合いだ!!」



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