「美女と花粉」

 怪奇大作戦ネタ
 コミカライズから離れて本編そのものから拾った話から
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 今回とりあげるのは「美女と花粉」から

牧「いやあ~飲みたいですね。こうのんびりした日が続くと」
野村「先輩、こっちの方のお誘いでしたらまことに恐縮ですが、今夜は所長とこころゆくまで!」
さおり「王より飛車をかわいがり、新宿の将棋センターでしょ」
的矢「ハハハ…しかしアマとはいえ僕とノムは4級同士だ。少しは尊敬してもらいたいもんだな」

牧「お見それしました…・・・おい、助さん!」
さおり「助さんは実験機器のセールスマンとどっかいったわ」
的矢「ひまな折に機材の装備か。いい心がけだ」

    ※    ※    ※

牧「よーし仕方がないからさおりちゃんといっしょにやろう」
さおり「仕方がないなんてお生憎様。私は一滴も飲めませんからね」
牧「いやいや食べる方さ。女の人ってよく食べるんだってね、3時間おきくらいに食べるんだってね、甘いもん食べた後で平気でてんぷらなんか食べるんだってね・・・ところで何食べる?」

さおり「そうねえ、お汁粉なんかがいいな」
牧「そんなもんでいいのかい?例えばこんな分厚い血の滴るようなビフテキとかさ」
さおり「無理しない無理しない、お互い給料日前でじゃない」
牧「・・・そりゃそう、そりゃそうですね」

さおり「あ、そういえばね私ちょっとしゃれた店知ってるの」
牧「へえ、しゃれてんの?」
さおり「そう、しゃれてんの」

 ストーリー本編とはほとんど関わりがない所ながら冒頭のこの一連の下りは怪奇大作戦の中でも私が特に好きなシークエンスです。
 これまでの話では怪奇な事件があってSRIが出動するところから始まる事が多いのですが、今回は「普段着のSRI」の雰囲気の描写が非常に印象に残ります。

 さて、牧とさおりの入った喫茶店、
 牧たちのテーブルの後ろのブースでおしぼりで手を吹いていた一人の女性客が突然全身が黒く変色して絶命。
 それまでのごくありきたりな日常がこの瞬間を境に異常な世界に引きずり込まれてゆく断絶感。
 ウルトラQ以来の「アンバランス感覚」が蘇ります。

 出されていた水には異常がなかった事から女性が唯一触れていたおしぼりに何かがあると睨んだ牧たちは早速夜を徹した分析に掛かります。
 この辺りの地道な描写もこれまでの「怪奇」では飛ばされていた部分ですが、本編は全体にこれまでにないリアリティのあるSRIの描写も印象的です。

 翌朝、おしぼりのひとつから検出された「どんな生体反応も見せない謎の有機物」

 その直後に第二の被害者の報が町田警部からもたらされます。
 「昨日同じような事件がSRIにキャッチされていたっていうじゃないか・・・所轄に連絡したからと言ってこの俺に連絡しなくていいってことにはならんよ!・・・被害者?見るも無惨なものだよ」
 この町田警部の台詞回しも他の話以上にSRIと町田警部のつながりの強さを匂わせる秀逸なものと思います。
 
 現場のおしぼりからは同じ物質が検出
 やがてモルモットを使った実験でこの物質がマニキュアの顔料に反応して体内色素を破壊し一種の窒息状態を作り出す凶器である事が判明しました。
「ワニスとなると厄介ですね。もしすべての揮発物質に共通の現象だとするとおしぼりだけでは済まなくなりますよ」の三沢の台詞も玄人感あふれるリアリティを感じます。

 やがてそれぞれの現場にいた客の中からおしぼりを使わなかった3人の女性客が容疑者として浮上。
 SRIの活動が本格化します。

 ここから先は本編を観て頂いた方が良いと思いますし、優れたファンサイトがいくつもあるのでそちらをご覧いただいた方が良いと思います。

 本来この作品は初期脚本では花粉は殺人の凶器でなく「被害者が何も感じないまま顔だけが醜く変形する」というものでテーマである「美と醜さの狭間にうごめく人の心の闇」がより強調されたものでした。
 (その意味では折に触れて「醜い顔」をテーマとしたスリラーを描いていた梅図かずお辺りにコミカライズしてほしかった一篇とも思います)
 放映の本編ではその辺りの映像化の困難からか殺人に形が変えられる一方で上述の日常描写、SRIの丹念な捜査プロセス描写が優れてしまったために本来のテーマがややぼやけた印象になっています。

 その意味では傑作とは言いにくいのですが個人的には上述の描写を中心に強く心に残る一篇でした。

 ここまででもかなり長いのにここからやぶにらみの余談を(汗)

 実は本編で私自身が好きでありながら又違和感を感じるのは冒頭シーンを中心にした牧の剽軽な描写があります。
 さおり相手に不自然に見えるくらいに明るい態度や台詞回しが連続しており事件発生以降のシリアス極まりない態度への変化と併せると落差が大きすぎる感じすらします。

 ここは普段シリアスな面が強調されている牧の別の一面が描写されているとも取れますが今回この話を観返して思ったのは人が時としてこういう態度を取る時は「ごく最近に傷心、または失意の体験をした直後」と言うのもあると思います。


 ここで話が飛びますが、私が怪奇大作戦を通しで観たのは1979年頃の再放送の時です。
 平日朝の6時25分と言うさわやかな時間帯に「生首が空を飛び、蛾の鱗粉で人が骸骨になる」と言うアシッドな画面のオンパレードの本作が放映されたのですからいい時代でした(笑)


 実はその時の放映は本放送時の放映順ではなく製作順の物でした。
 ですからその時は最初の放送が「人食い蛾」からスタートしており後半にも多少の話の入れ替えがあります。

 美女と花粉は放映順では第21回ですが製作順では23回に当たります。

 で製作順ではこの話の2,3回前に来ているのは怪奇の中でも傑作とされる「京都買います」なのです。
 放映順だと「京都~」の放映が「美女~」の後なので気にならないのですが製作順に並べた時の牧は「京都篇で古都とともに生涯をささげる決意をした美也子との衝撃的な断絶」を経験したあとと言う事になります。

 その目で見た時、冒頭の牧の演技が急に痛々しい物に見えてくる気がしました。
 文字通り仲間にも傷心を押し隠し努めて明るく振舞おうと努める牧の心はしかし「次の事件」に出会う事で再びプロフェッショナルとしての目を取り戻してしまう。

 この見方が穿ち過ぎである事は私も承知しているつもりですが、79年の再放送で製作順の並びで観ていた事がこの感想につながっているのもたしかです。

 単なる感想文の羅列なのに私のブログとしては今回はかなり長くなりました。
 今回はそれだけ思い入れのある回だったという事でご勘弁ください。


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