「回転対座」狂想曲のはなし

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 店の中は、よい按配にすいていたので、二人は傍かたわらのボックスにさし向いに坐りながら、ボーイに紅茶と菓子を命じた。

「おい小川、僕はこうやつてさし向つて腰かけるが、これは何故だか判るかい」

「あいかわらず、藤枝式の質問をするね。話をする為じやないか。つまり二人で語り合うために最も自然で便利な位置をとるのさ」
「そうさ。ところで君はこういう事実に気がついているかい。こういう位置をこういう場所でとるのは、ある人々にとつてのみ自然であるという事さ」
「なんだつて。ちよつと判らないね」

 私はこういいながら、ボーイが運んで来た紅茶に自分で角砂糖を二ツ入れた。

「ちよつと、あそこを見給え」
 藤枝が、ふと右手の方をさしたので、私は右後の方に目をやると向う側のボックスに、二人の二十才位の婦人が、一列にならんでこちらに背をむけて仲よく話をしている。

「わかつたかい。若い女同志だとああいう風にならぶんだ。あの人たちにはああ並ぶ方が便利だと見える」

 藤枝はこういうと、ケースから新しいシガレットをとり出して火をつけた。
「だつてありや特別の場合だろう。いつも女同志がああいう位置をとるとは限るまい」

「だから君にはじめはつきりきいたろう。君がそういう事に気がついているかどうかを。
僕が今まで観察した所によると二人づれの若い女は必ずああいう風にすわる。必ずと云つて悪ければ、十組の中八組まではああいう風に位置をとるものだよ」

「そうかな」

「そうさ。つまりこういう事実が認められるんだ。若い婦人同志はボックスにまずああいう風に坐る。男同志だとわれわれみたいに向いあう。それから男と女の二人づれだとやはりむかい合うという事実だ」
 彼はこう云つて得意そうにプカアリと煙を吐き出したのである。

「そうかな。じや君、女同志だと何故ああいう風に腰かけるか、その理由を説明して貰いたいな」

 私は藤枝がいつもの通り、何か吹きはじめるかと期待しながらこうきいたのである。

「いや、それは知らない。そんな事は、心理学者か生理学者にお任せするんだな。僕の商売はそこまで立ち入る必要がないんだよ、ただある事実を事実として観察していればいいのさ。観察! そうだ観察だね、
君だつてたびたび女がああ並んでかけているところを見てはいるんだが、そういう事実に気がついていないんだ」

(浜尾四郎作「殺人鬼」より引用)

 先日は90年代のクルマが如何に車中泊に血道を上げていたかの話をしましたが、このちょっと前、ほとんどすべてのワンボックス車やミニバンが取りつかれていたのが「回転対座シート」という病でした。

 今回は当時の思い出と記憶を基にクルマの回転対座シートを思い出してみたいと思います。

 1970年代の後半位からでしょうか、ハイエースやタウンエースなどのワンボックス系のワゴンのシートが回り始めたのは。
 当時のワンボックスカーは(あ、今でもそうか)運転手の尻の下にエンジンと前輪が配置されている関係上、そこの部分だけが不自然に盛り上がった形状の床になっており、運転席と2列目、3列目が隔離された状態になっていました。
(ですから「ウォークスルー」なんて機構はないかあっても2-3列目の間だけでお茶を濁していた)
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 その代り2-3列目のフルフラットシートと並んで必ずついていたのが2列目のシートを180度回転させて3列目と向い合せに座るという「回転対座シート」だった訳です。
このギミックの売りは何と言っても「車内で4人がワイワイできる」「車内で向かい合って飯が食える」という「クルマのお茶の間化」「マイカーの観光バス化」にあったと思います。
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 変わり種としてハイエースなどは「2列目シートがま横を向く」というのをやっていましたがこれなどはまだましな方でしょう。
 当時の「サライ」でハイエースのこのギミックを生かして「クルマのアトリエ化」をやったケースがあって随分感心したものです。


 以前何かの新聞で読みましたが多人数乗車の出来るミニバンやワンボックスは総じて男性より女性に受けがよく、中でも上述の「車内でワイワイ」に車の存在価値を求めているというリサーチ結果がありました。
 3列シートでウォークスルーまでできる最近のミニバンなら車内の一体感の面でも有利です(因みにHONDAは初代オデッセイの頃、こういうのを「パーソナルジェット感覚」と表現していました。こういうキャッチがホンダは上手いw)

 ですが、だからと言って「椅子を回して向い合せにしてまでそうしたいか」というとそれは別問題です。
 マイカーの場合、電車と違って急カーブも曲がれば(ドライバーによっては)高速コーナリングもあります。

 車ほど急カーブが無く勾配も緩やかな特急電車でさえ進行方向に背中を向けると電車に酔う人がいます。ましてそれが重心の高いワンボックスやミニバンだったら後ろを向いているパッセンジャーは相当な確率で車酔いを起こします。
 (この理由は人間の平衡感覚や視覚による代償、立ち直り反応などの要素が様々に絡み合うのでここでは詳述しません。興味をお持ちの向きは臨床神経学の本でも調べるといいと思います)

 更にワンボックスならハイエース、キャラバンクラス、それより室内長の短いミニバンでは最低でもエルグランドかグランビアクラスのサイズでないと向かい合った膝の間隔が狭すぎて身動きが取れません。
 それと8人乗りの場合3人掛けのシートを車内で回せなくなる為か「3人目(一番左側)のシートだけは前を向いた補助席扱い」という不思議な構造の物もでありました。
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 作っている方もそれがわかっていそうなものですが驚くなかれミニバンとしては最小サイズに属するプレーリーやシャリオにまでこの回転対座シートがラインナップしていたというから驚きです。
 カタログ写真を観てもその無理矢理感は伝わるかと思います(笑)

 流石にオデッセイの大ヒット以降徐々にこの回転対座ギミックは減少しましたが、そのホンダですら初代のステップワゴンに回転対座があったりします。
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 もう少し時代が下ると「走っていて酔いやすいなら停まっている時だけ使う回転対座ならいいじゃないの?」という発想から日産のルネッサ、ダイハツのアトレーなどで「運転席が回る回転対座」なんてのまで登場しました。
 ここまでくると「そうまでして椅子を回したいか!?」と疑問が膨らんでしまいます。

 ですが回転対座が持て囃されたのはおおむねこの頃(1994年頃)が頂点でした。
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 私の乗っていた初代セレナRVセレクトは回転対座を持たない代わりに2列目のシートの幅を広く取りゆったりした2列目を実現すると同時に、大荷物を載せる際は2列目を前方にタンブルさせて荷台を広げる構造になっていました。
 当時としては先進的と思ったものでしたが、両側スライドドアの普及に伴い今ではこのタイプのシートが主流になり、回転対座シートは急速にすたれていきました。

 更に最近の「車のホームシアター化」で天井に10インチクラスの大画面テレビがマウントできるようになると2列目が画面に背を向ける形になる回転対座は邪魔なだけの存在に成り下がります。
 (第一それだとサラウンドがおかしなことになる)

 元々回転対座というギミックは海外では小型キャンピングカーでよく見かける装備です。自走できるバンガロー代わりに車内で何泊もする前提のクルマですから、そういう時に一番使わなくなる運転席と助手席を有効に活用するために椅子を回してリビングの一部に活用する訳です。
 今の様にサービスエリアや道の駅が充実してきている日本の道路では、車に閉じこもっているよりは外に出て美味い物のひとつも食べている方が時宜にかなっていますし、健康的でもありましょう。

 その意味では回転対座シートブームの終焉はわたし的にはよかったかなとか思います。

 (但し「持ち運べる空間」としてのミニバンの意義は大いに評価しますし、それが新たな車の楽しみを引き出している面も存在する事はこの場を借りて強調しておきます。そうしないと次のはなしに進めないのでW)



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コメント

非公開コメント

No title

そう昔はこういう車が、必ず1台はありました。

No title

こっちのコメントも書いてください。本当懐かしいんですこういう車は。

Re: No title

> 光になれ さん

 返事が遅くなりすみませんでした。

 回転対座のワンボックス&ミニバンが売れたのは初代ノアの辺りまででしょうか。時期的にオデッセイタイプのミニバンに人気が集まり始めた時期と重なりますね。
 オデッセイタイプで回転対座があったのは日産ルネッサ位でしたがそれでも「運転席が回る」と言うのには驚かされました。2列シート車で回転対座と言うの自体が珍しかったですが。

 いま「回るシート」のクルマと言うと殆どがウェルキャブ系の福祉車両で、それも「外に向かって回る」と言う代物ですが案外アウトドア用と考えても面白いかもしれません。