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「スポーツカー」と「定義づけ」のはなし

 今回はネットの話題に触発された話です。
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 先日、とあるクルマ談義のネタを読んでいたときに「全て専用設計でなければスポーツカーにあらず」といった意味の書き込みに対してちょっとした話題が出ていて、その辺りの流れを面白く読ませていただきました。

 この手の蒟蒻談義が「早朝の布団の中で読める」のですから全くネットというのは偉大ですw

まあ、これを言い出したら現在市販されているスポーツカーは「走る札束」クラスのスーパーカー以外存在できない(それだったら「スーパーカー」カテゴリでも問題ない気もしますが)事になりますから、大概の場合ユーザーかファンが「自分基準でスポーツカーと認める定義」を持ち出して議論する事になります。

 ちなみに私の場合の定義は「低重心の後輪駆動、曲がることが楽しくて運転中はドライバーがギアを介してエンジンとおしゃべりできるクルマ」というわりと主観的なざっくりした基準です。しかもそれを金科玉条のごとく遵守する気もまるでないですが。
ですが、これくらい主観的でないと「スポーツカー」と「ただ速いだけの私設新幹線」の区別がつかなくなりますので。
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 あっ、あとそれから「設計段階で同乗者と荷物の存在を忘れているクルマ」とか「購入に当たってかなりの確率で家族の反対が入るクルマ」というのがたまに入ります(爆笑)
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 私なんかだと「既存のセダンのエンジンや足回りを流用したスポーツカー」なんてのを見ていてたまに「よくこれだけの材料でこんな凄いのが作れたなあ」とか感心する物に当たったときに嬉しくなってしまう性分なので(特にトヨタS800とかアウトビアンキA112とか)あまりこの手の定義分けに拘らないですが。

 それはそれとして、
 この手のレッテル貼り、カテゴリ分け談義で必ず出てくるのが「????でないから真の◯◯とは言わない」と言った類の意見です。
 本来個人の主観に過ぎない定義をあたかも客観的な真理の如く語りたがるのは特にネット上ではよく見かけるのですが、この手の意見は大概の場合理論武装が行き過ぎて一種自縄自縛と言うか「自分の定義に逆に自分が縛られる」様な窮屈さを感じる事も多いです。

 傍で読む分には「なるほどこう言う見方もあるか」と興味を持てる反面「なんだか大変だなあ」と書き手に妙な同情を感じたりすることもあったりしてw
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 もっともそうは言いながら「ちょこっとエンジンや足回りを弄ってエアロで武装した7人乗りミニバン」をスポーツカーと称してしまった、とある大新聞の報道に「おい、それは私設新幹線だろう」とか思う私が居たりする訳ですが。

 やっぱりこういうネタは難しいものです。

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