吉沢駅の幽霊電車のはなし

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今日は台風接近という事もあって昨日ほどには暑くなりませんでした。
 ですが暑いという事には変わりありません。
 という訳で、今日は夏らしいお話を。

 最近、実家の物置から発掘した幽霊話の本です。当時私が最も怖がった本でこれを初めて読んだ夜には夏だというのに布団を頭からかぶってびくびくしていた事が思い出されます(大恥)
 その中の一つに「音もなく走る幽霊電車」というお話がありました。

 終電も過ぎた真夜中に血まみれの女の人を一人乗せた電車が1両だけ走り、今は廃駅となった駅の構内に滑り込んでゆく。
 それを見ていた人が後を追いかけてゆくと構内には電車の姿がなく、電車が消えてしまっている。
 と、確かそんな話でした。

 これを初めて読んでいた時は鉄道模型の趣味に入る直前位のタイミングだったのでそれ以上深く覚えていませんでした。

 この話について、心霊現象の是非について触れる気はありませんが、後になってからそれを思い出して疑問に思った事がいくつかありました。

 「1両だけ」走る電車とは「編成の中間車だけ」が走っていたのか、それとも単行の電車だったのか?
 目撃者が後を追いかける事ができるほどに遅い電車だったのか?
 そもそもその電車の形式は?

 如何にも鉄道趣味のバカの考えそうな疑問です(笑)

 今回本が発掘できたのを機に読み返し、併せて分かる範囲で調べてみました。

 それによると現場は東急玉川線(いわゆるたま電)の砧支線(1969年廃止)電車が消えた駅というのはこれも今はなき吉沢駅だったそうです。
 たま電というと「専用軌道もある路面電車」というイメージが私の中にあったので前の二つの疑問はある程度解決します(?)

 当時の砧支線は基本単行、ラッシュ時2連が基本編成だったそうなので「1両だけ」というのは不思議ではありません。
 その割には本の挿絵は「小田急っぽい」車両が描かれています。作者が鉄道車両やたま電をよくわからずに書いたのかもしれません(笑)
 又、当時の地図などを見ると吉沢駅の前後はそれぞれ急カーブと鉄橋となっていたので目撃者の視界から電車が隠れやすいロケーションだったようです。

 吉沢駅というのも駅というよりホームだけの停留所に近い構造だった様です。

 車両ですがその条件だとデハ40か60辺りといったところでしょうか。
 あいにく私の手持ちにはデハ80しかないので写真は80で代用します。

 大体こんな感じの電車が走っていたという事でしょうか。

 ただ、今回読み返してみて新たな疑問も出てきました。
 「この電車は終着の砧へ向かっていたのか、それとも二子玉川行きだったのか」本文を読んだだけではよくわかりませんでした。

 
 以上、夏の夜のバカ話でした。

 ただ、この種の題材はほかにもいくつかあるので折りを見て触れたい気もします(汗)
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