むかしのTMSやとれいんを読んで思うこと

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 今日は久しぶりに昔の雑誌を読んでいて思うことから。

 昭和40年代前半のTMSでは天賞堂が「トリック・ジオラマ写真コンテスト」をやったり、台車を買うと103系のペーパー車体がおまけに付いてきたり、レイアウトのオーナーが蔵書票よろしく「自分の鉄道の切符を製作したり」

 とにかくあの頃のTMSはどれを読んでも刺激に満ちていました。
 それに近い雰囲気は80年代前半の「とれいん」や90年代のRM MODELSにも共通したものを感じます。
 それらに示されたコンセプトや新機軸は今の目で見ても新鮮かつ溌剌としたものでした。

 この独特の元気さは「鉄道模型」そのものがジャンルとして勃興期~発展期にあった事とも無関係ではないと思います。
 70年代のトミカ、70年代後半から80年代初めにかけてのアニメブームでも同様の熱気を感じました。

 この自由闊達さが失われてどれ位経つのでしょう。
 もし、趣味としての鉄道模型が進歩しているというのなら何故40年前のTMSや25年前のとれいんが新鮮に感じられるのでしょうか。

 単なるレトロ趣味と違う何かを感じない訳にはゆきません。

 当時のTMSを読んで気付くのは例えば、それが16番の車両工作の記事であっても前振りとして製作者の趣味に対するスタンスの表明や自分自身の模型史が語られている事が多かったと思います。
 最近の専門誌では同じ性質の記事でもいきなり技法の発表やプロトタイプに対する思い込みばかりが語られる事が多く、まるで文字で書かれた設計図を読まされている印象の物が多いと感じます。

 それは手先の技術、実物隷属でセンスを軽視する姿勢にも表れています。
 そんな記事が主流になっている現状で「鉄道模型が大人の趣味」と胸を張って言う気にはとてもなれない感じもします。
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 そういえば、「ミキスト」をはじめ「私の鉄道から」「鉄道模型相談室」といった頁は少なくてもビギナーへの気配りのあったある意味TMSの骨格を支えてきたコーナーはここ10年程でほとんど全滅している状況です。

 毎年行われている「コンペ」の発表に付いてもそれこそ70年代終わり頃までは入賞発表では本誌の3分の1位のボリュームが割かれ個々の作品一つ一つに講評が付いていたのに今では数枚の写真の羅列ばかりでなってしまい、個々の講評がない入賞発表ばかりです。

 順位は低くともどこに問題があったのか、どこが評価されたのかが語られなければ次回への意欲すら育ちません。
 この手応えのなさは工作派のファン(うまい下手は別としても)ほどフラストレーションのタネになっているのではないかとも思えます。

 今思うとこれは発展期・成長期だからこそ趣味や楽しみ方のポリシーを一人一人が自分なりに考え、表明するというスタンスが取りやすかったのかもしれません。

 それゆえに路線の違いによる論争もありましたが今見掛ける様な揚げ足取りや陰湿さはそれほど感じられず「理論と理論、ポリシーとポリシーのぶつかりあい」は見ていてむしろ気持ち良さすら感じました。

 この自由さ、この熱気を鉄道模型は再び取り戻せるでしょうか。

(写真は本題とは関係ありません) 


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